中高年が過酷なスポーツにはまるのはミッドライフ・クライシスか?

  • 2019/10/08
  • ライフスタイル・娯楽
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  • 角谷 剛【スポーツトレーナー】
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非常識とも呼べるような過酷なスポーツにはまる人がいる。例えば、水泳、自転車ロードレース、長距離走のどれか1つだけでもキツイ3種目を連続してこなすトライアスロンがそうだし、フルマラソン以上の距離を走るウルトラマラソンもそれに加えていい。

こうしたスポーツの人気を支えているのは実は40歳以上の中高年だ。米国トライアスロン協会が発表した調査によれば、トライアスロンのレースに参加する人の3分の1以上を40代が占めるという。別の論文では100マイル(約160キロ)以上を走るウルトラマラソン・レース完走者の平均年齢は44歳だとしている。もう少し穏当なフルマラソンでも似た現象が見られる。最も有名なボストン・マラソンを例にとると、完走者の31%が40代ランナーで、他の年代グループのどれよりも多い。

こうした耐久系スポーツだけではない。クロスフィットと言えば過激な内容のワークアウトで有名だが、ジムの中を覗いてみると、意外なほどにメンバーの年齢層が高いことがわかるだろう。2018年には世界中から40万人以上が参加したクロスフィット・オープンの約3分の1を35歳以上のマスター部門が占めている。

これらのスポーツはもはや健康に良いと言えるレベルではない。かえって体に悪そうだ。ダイエットだったら、もっと楽な方法があるだろう。なぜ、体力が衰えているはずの中高年がかくも過酷なスポーツに挑むのか。人はときに社会心理学的なアプローチを用いて、この奇妙な現象を説明しようとする。

 

若さへの憧れか破滅願望か

若さへの憧れか破滅願望か
ミッドライフ・クライシスという言葉はカナダの精神分析学者エリオット・ジャック氏が1965年に発表した研究論文が元になっている。それまで仕事も私生活も順調で安定した生活を送っていた人が、中高年になって突然仕事を辞めたり、若い女性に走ったりして身を持ち崩してしまうことを指す。高価なスポーツカーを購入するケースもある。オートバイもかつては若者の乗り物というイメージが強かったが、現在はライダーの大半を中高年が占めている。

そして、突然ジムに通って体を鍛え始めることも、ミッドライフ・クライシスの1現象として見られることがある。映画『アメリカン・ビューティー』でもケヴィン・スペイシーが演じた主人公は高校生の娘の同級生に性的ファンタジーを抱き、仕事を辞め、スポーツカーを買い、マリファナを吸い、そしてガレージでベンチプレスをやり始めた。

ミッドライフ・クライシスなるものが本当に存在するかどうかは結論が出ない議論ではあるが、それに近いものを感じる人は多いだろう。年齢を重ねて、体力の衰えを自覚し、自分の人生にどれだけ時間が残されているかを考えると、自分に何が出来るか不安になる。その精神的ストレスから鬱病を発症するか、人によっては前述のような自分を破壊する行動に出てしまうことがある。日本でも古くから厄年と言われて、40歳過ぎの男性は危機に見舞われることが多いと言われてきた。

常軌を逸しているようにしか見えない過酷なスポーツにはまる中高年も(実にぼくもその1人だ)、そうしたミッドライフ・クライシスの1現象なのだろうか。

 

危機ではなく再建

危機ではなく再建
スポーツカーを買ったり、若い女性に走ったりするのは、たしかに失われた若さを取り戻そうとする願望の現れと言えるかもしれない。だが、過酷なスポーツにはまるのは、それとは少し意味が異なるのではないかとぼく個人は考える。

なぜなら、我々中高年が耐久系スポーツや過激なワークアウトに挑むとき、念頭にあるのは若かった頃の過去の自分ではない。もちろん、若い世代にライバル意識を持っているわけでもない。むしろ現在の自分の身体能力をどこまで伸ばすことが出来るか、そんな挑戦心(好奇心と呼んでもいい)に突き動かされていると言った方が実際に近いだろう。中高年アスリートには過ぎ去った過去より、これから起こる未来への関心がより多いのだとも言える。若い頃に戻るのではなく、年齢を重ねてもなお現在以上の自分になることが目標なのだ。

そもそも、ウルトラマラソンも障害物レースもクロスフィットも、殆どの人は若い頃にやっていたわけではない。大抵はもっと齢をとってから始めたものだ。むしろ子供の頃は運動嫌いでしたと言う中高年アスリートも多い。

 

常に目標を持ち続けるために

仕事上で得られなくなった達成感をスポーツに求める人もいる。社会人生活も10年、20年と続くと、自分の大体の立ち位置がわかってくる。このまま仕事一筋で出世の道をひたすら歩むと心に決める人もいるだろうが、そうではない人はやはり仕事にかけるモチベーションの目盛りが徐々に目減りしてくるのはやむを得ない。

それに多くの仕事は個人の努力がそのまま結果に反映されるわけではない。社会の状況、他人の思惑、運・不運、そうした自分ではコントロールできない要素が多すぎる。

その点、スポーツは結果が数字ではっきりと現れる。具体的な目標を定めて、頑張ったら頑張っただけの成果を手にすることができる(できないときもある)。それは確かな手応えであり、生き甲斐でもある。

だからだろうか、より過酷なものを目指しながらも、他人との勝敗にはあまり興味を示さない人が多いのも、中高年アスリートに多い傾向だ。レースや競技会に出場しても、彼らの目標は完走することか自己新記録を更新することで、順位や勝敗結果は重要な関心事ではない。

 

副産物としてのアンチ・エイジング

副産物としてのアンチ・エイジング
過酷なスポーツを長年続けていると、当然ながら体は鍛えられる。体型も体力も衰えを先延ばしにすることができる。かえって若かった頃より若く見える人もいる。年甲斐もなく、たくましい筋肉。そのこともミッドライフ・クライシスが連想される一因だろう。

かく言うぼくも50歳を過ぎた今でも高校時代と同じサイズのジーンズを履いている。Tシャツからはみ出した腕は筋肉のコブが盛り上がっているし、お腹にはシックスパックの腹筋がくっきりと見える。まるで自慢しているように見えて、実は自慢しているのだが、ぼく自身の名誉のためにはっきりとさせておくと、ぼくはカッコよく見せるために、あるいは若作りをするために体を鍛えているのではない。そんな気持ちが完全にゼロだとは言わないが、この体型はトレーニングの結果こうなったのであって、それを目的にしてきたわけではない。

アンチ・エイジングはあくまでもスポーツの副産物なのだ。それが出来たら、それに越したことはないが、出来ないと困るというものではない。

スポーツをやっていれば誰でも身に染みてわかっていることだが、世の中には永遠に勝ち続けられる人はいない。年齢に打ち克とうとする戦いもその宿命からは逃れられない。永遠に老けない人はいないし、永遠に生き続ける人もいない。だからこそ、生きている間は充足感を持ち続けたい。はっきりと意識しているかは別にして、そんな風に考える人が過酷なスポーツにはまるのではないか。

元ボクシング世界王者の辰吉丈一郎氏は現在49歳。2009年3月にタイで7回TKO負けを喫したのを最後に試合には出ていないが、頑なに現役ボクサーであることを貫いてトレーニングを続けている。その辰吉選手(と敬意をもって呼びたい)が2年前に朝日新聞社のインタビューに応えて、以下のように語っている。

「人間あきらめたら終わりですよ。自分の人生、一回しかないんですよ。やりたいことやりましょ。失敗したら、またもう一回やればええやん。死んだらそれまでですやん。生きてる限りは努力せんと、もったいない」
それにどれだけ過激にスポーツを行ったとしても、体を鍛えることは反社会的行為ではない。家族や他人に呆れられるかもしれないが、少なくとも道義的に非難されることはないだろう。スポーツカーなどに比べればお金もそれほどかかるわけではない。まともな行為ではないかもしれないし、体を痛めることもあるかもしれないが、クライシス(危機)と呼ぶほどのものでもない。齢を取ることに対する恐怖感や不安感が避けられないとしたら、そして過酷なスポーツがそれを忘れさせてくれるのなら、いわば無害で安全なガス抜きのようなものではないだろうか。

 

ここまで読んだオヤジにおすすめの記事2つ。

ランニングに飽きたランナーが挑む障害物レースなるもの!100%混じりけなしのアドレナリン!(https://yaziup.com/life-style/sport/63528)
フルマラソン完走!次は何する?と迷う人が挑むウルトラマラソンなるもの(https://yaziup.com/life-style/sport/63474)

この記事の作者

角谷 剛【スポーツトレーナー】
角谷 剛【スポーツトレーナー】
アメリカ・カリフォルニア在住。IT関連の会社員生活を25年送った後、趣味のスポーツがこうじてコーチ業に転身。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州アーバイン市TVT高校でクロスカントリー部監督を務める。また、カリフォルニア州コンコルディア大学にて、コーチング及びスポーツ経営学の修士を取得している。著書に『大谷翔平を語らないで語る2018年のメジャーリーグ Kindle版』、『大人の部活―クロスフィットにはまる日々』(デザインエッグ社)がある。 【公式Facebook】https://www.facebook.com/WriterKakutani
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