まだまだ若い、はランナーのモチベーションになり得るか

  • 2019/08/06
  • ライフスタイル・娯楽
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  • 角谷 剛【スポーツトレーナー】
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トシをとるとはどういうことか。それは世間で話題になるスポーツ選手が自分より年下であることに慣れていく過程のことでもある。元野球少年が30歳になると、甲子園球児たちが自分より干支が一回り下であることに気がつく。愕然とするし、実感もわかない。何しろ、テレビで観る「年上のお兄さん」たちの活躍に胸を躍らせたのはついこの前のことなのだ。どこかで計算が間違っていないかとさえ思う。だが30 – 18を何回計算し直しても、自分が彼らより12歳以上年上なのだという結果は厳然として変わることはない。
40歳を過ぎれば、高校球児どころか、プロ野球の若手選手ですら、もはや自分の子供と言ってもよい年齢になる。そんな馬鹿なとは思うだろうが、やはり2桁の引き算が示す事実は重い。

そんなわけだから、自分と同じ世代で、あるいは年上なのに、まだ現役で頑張っているアスリートに拍手を送るようになる。そんな人たちにとって、45歳で引退したイチローは尊敬に値するし、52歳で未だに現役を続ける三浦知良に至っては生きる神のようだ。

野球やサッカーのような球技スポーツには高度の瞬発力や反射神経が要求される。こうした運動能力は加齢とともに衰える。だからこそ、そのようなスポーツで年齢を超越した彼らは偉大なのだ。

幸いなことに長距離走は年齢による衰えが比較的緩やかなスポーツだ。市民マラソンでは40代、50代のランナーが若いランナーと互角以上のタイムを出すことは珍しくない。○○歳でもこんなに走っているよ、と言う話題には事欠かない。日本でもそうだし、米国でもそうだ。多分、世界中でそうなのだろう。

今回は筆者がよく接する米国のランニングに関する話題から、とびっきりの元気が出る話をいくつか紹介したい。

 

2回目のマラソン挑戦で川内優輝より速かった44歳

2回目のマラソン挑戦で川内優輝より速かった44歳
日本でも米国でも、優勝した他国の選手より、それより成績が劣る自国の選手について詳しく報道されることが多い。

7月7日にオーストラリアでゴールドコースト・マラソンが行われた。日本の設楽悠太が2時間7分50秒の好タイムで優勝し、川内優輝は2時間15分32秒で13位だった。日本の大多数のメディアはそう報じたはずだ。

だが、米国のメディアでは、同マラソンで優勝した設楽より7位のバーナード・ラガトの偉業を大きく報じたところが多い。ラガトのタイムは2時間12分10秒。オリンピックの標準記録である2時間11分30秒には惜しくも40秒届かなかった。一見、平凡な記録であるにもかかわらず、ラガトが注目されたのは、ラガトが1974年生まれの44歳で、米国のマスター(40歳以上)のフルマラソン記録を更新したからだ。

ケニア出身のラガトは1500メートルや5000メートルの中長距離レースで既に5回オリンピックに出場したレジェンドともいえる選手だが、フルマラソンを走るのは昨年のニューヨーク・マラソンが初めて、今回が2回目だった。40歳を過ぎてから新しいジャンルに挑戦し、しかも世界トップレベルで戦える。こんなスポーツが他にあるだろうか。

 

40歳オーバーの女子大生ランナーたち

フロリダ州にあるデイトナ州立短期大学のクロスカントリー走チームには40歳以上の選手が3人いる。

クロスカントリー走は陸上競技の1分野で、野山を走る長距離走レースのことだ。米国の高校や大学スポーツで広く行われていて、長距離ランナーの殆どはこのクロスカントリー走の出身だ。例えば、2016年リオ・オリンピックでマラソンの米国代表選手になった男女6名は、全員が高校か大学でクロスカントリー走チームに所属した経歴をもつ。

デイトナ大のヘッドコーチであるジュディー・ウィルソンさんは自身も市民ランナーとして地元のランニング・クラブで走っていた。そこで、現役の大学生ランナーに引けを取らない中高年のランナーがいることに気がついた。そして、同大学が所属する全米ジュニア・カレッジスポーツ連盟(NJCAA)の規約をどれだけ子細に読んでも、選手の年齢に上限がないことに目をつけた(もちろん下限はある)。

ウィルソンさんの熱心な呼びかけに応えて、3人の「新入生」ランナーが同大のチームに加わった。クリス・グレイさん(48)、ジェニー・エンシュリンさん(42)、ベゴ・ロペスさん(50)だ。チーム内の他のチームメイトの殆どは18歳から20歳だし、グレイさんの2人の娘は他の大学でクロスカントリー走チームに所属する現役ランナーだ。

彼女らはウィルソンさんも含めて、全員がボストンマラソンを走ったことがある優秀なランナーだが、大学のレースに参加するには、当然ながらも大学に入学しなくてはいけない。さらに、NJCAAのルールでは、年間に定められた数の単位を取得しないと、スポーツ選手としての活動が出来なくなる。3人とも、それぞれが自分にあった専攻分野を選び、学業と並行して現役大学生ランナーとして活躍中とのことだ。

 

96歳で5キロを42分の世界記録

7月11日にアイオア州で行われた全米マスター陸上選手権において、96歳のロイ・エングラートさんが5000メートルを42分30秒のタイムで走り、それまでの記録を8分近く短縮する95-99歳部門の世界記録を樹立した。

エングラートさんは既に800メートル, 1500メートル, 3000メートルで同年代の世界記録をもち、同じく4×100、 4×400、4×800 リレーの世界記録メンバーでもある.

数々の記録をもつエングラートさんだが、多くのアスリートにとって重要な、切磋琢磨するライバルには恵まれていない。95歳以上の部に出場するランナーはそれほど多くはいないのだ。

5000メートルをたった1人で走りぬいたエングラートさんは、そのことはあまり気にしないと笑う。

「とても楽しいですよ。もちろん走っている最中は楽しくはないですけど、レースが終われば、楽しかったと思います」

「私は大したランナーではありませんよ。むしろ遅いランナーです。だけどいつの間にか多くのランナーを追い越しました。競争する相手が少なくなるにつれて、勝つことは容易になります」

 

ランナーはいかにしてランナーになるのか

ランナーはいかにしてランナーになるのか
45歳で引退したイチローは本意だったのだろうか。本人が以前語っていたように、本当は50歳まで(あるいはもっと長く)野球選手でいたかったのではないか。だが、野球選手は受け入れてくれるチームがないと、どんなに野球が好きでも、野球選手ではいられなくなる。あの比類なきイチローでさえ、そうなのだ。

ランナーは違う。人がランナーになろうと思い、そしてランナーでい続けたいと思ったとき、そのために必要な資格も条件も何もない。本人の意思さえあれば、ランナーになれる。たとえタイムに天地の差があったとしても、素人でもオリンピック選手と同じコースを走ることさえ出来るのがマラソンだ。

ランニングについて多くの本を書いた有名な作家でもあり、自身も40回以上のフルマラソンを完走したジョン・ビンガム氏は以下の意味のことを語っている(筆者訳)。

「走り出せば、それだけであなたはランナーだ。どれだけ速く走るか、どれだけ遠くまで走るかは問題ではない。今日初めて走り始めた人も、20年走り続けている人も、みな等しくランナーだ。パスすべきテストもなければ、取得しなくてはいけない資格もない。会員証だって必要ない。ただ走るだけだ」

ビンガム氏の言葉につけ加えるとしたら、ランナーには年齢制限も限界もない。

この記事の作者

角谷 剛【スポーツトレーナー】
角谷 剛【スポーツトレーナー】
アメリカ・カリフォルニア在住。IT関連の会社員生活を25年送った後、趣味のスポーツがこうじてコーチ業に転身。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州アーバイン市TVT高校でクロスカントリー部監督を務める。また、カリフォルニア州コンコルディア大学にて、コーチング及びスポーツ経営学の修士を取得している。著書に『大谷翔平を語らないで語る2018年のメジャーリーグ Kindle版』、『大人の部活―クロスフィットにはまる日々』(デザインエッグ社)がある。 【公式Facebook】https://www.facebook.com/WriterKakutani
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