フルマラソン2回目以降。完走ではなく自己記録更新を目指す人の走り込みメニュー

  • 2019/07/17
  • ライフスタイル・娯楽
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  • 角谷 剛【スポーツトレーナー】
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「走った距離は裏切らない」に深い共感を覚えるランナーは多い。
私もそうだが、長距離ランナー達は一般的には社交的な人種ではない。初対面の相手とすぐに打ち解けて会話が弾むというようなことはあまりない。

だが、大きなマラソンのレース前日によく行われるエキスポとか前夜祭などのときは、見知らぬランナー同士で会話が始まることもある。何しろ、わざわざ42キロを走るために遠くからやってきた物好き同士なので、なんとなく連帯感があるし、共通の話題にはさほど困らないのだ。

「今年で(このレースは)何回目ですか?」―― 何回もマラソンを走るって人が世間にはたくさんいるのだ ―― と挨拶代わりに尋ねられることが多い。そして必ずと言ってもいいほどによく持ち出される話題が「月に何キロ走りますか?」だ。そこからお互いのレース経歴、自己最高記録、故障歴と会話は続いていく。

こうして自己紹介代わりに使われるように、ランナーにとっての月間走行距離とは存在意義であり努力の証明なのである。当然のことながら、月に300キロ走るランナーは200キロ走るランナーよりエライ、頑張っているということになる。アテネ・オリンピック金メダリスト野口みずき選手の名言「走った距離は裏切らない」に深い共感を覚えるランナーは多い。1キロでも多く、1分でも長く、毎日のように走り続けることが、多くのランナーの揺るがせにできないドグマなのだ。

 

根強い走行距離信仰

村上春樹氏の「走ることについて語るときに僕の語ること」は私の愛読書であり、市民ランナーの心情を見事な文章で描写しきった、まことに名著であると思うのだが、村上氏も多くの市民ランナーの例に違わず、月間走行距離をトレーニングの目安や目標に掲げていることが見受けられる。例を挙げるとこうだ。

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我慢強く距離を積み上げていく時期なので、今のところタイムはさほど問題にならない。ただ黙々と時間をかけて距離を走る。(13ページ)

一か月260キロが「まじめに走る」ということであれば、310キロは「真剣に走る」ということになるだろう。(29ページ)

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レースまでの準備期間を3~6か月ぐらいとし、最初の数か月を「走り込み」の時期ととらえ、その期間はなるべく長い距離を走って土台を作る。その後にスピード練習や坂道ダッシュなどを交えて「量」から「質」へとトレーニングの変換をはかり、レース直前はトレーニング量を落として疲労を抜く。こうしたやり方はいわばマラソン・トレーニングの王道であり、現在でも多くのランニング理論の根幹となっている。村上氏もそのやり方で多くのマラソンを走破している。

特に、いわゆる「走り込み」の時期では、とにかく走るのは長ければ長いほど良いのだという考えはランナー達の信仰と呼んでもおかしくなく、そうでなくても常識であり、抜きがたい固定観念なのだ。

 

世界共通のスタンダード

世界共通のスタンダード
走行距離信仰は日本に限った話ではない。世界的なランニングブームは1950年代にニュージーランドで始まったとするのが定説のようだ。この小さな国から長距離走の分野で何人ものオリンピックメダリストが輩出した原動力となったのが、名伯楽として知られるArthur Lydiard(1917-2004)だ。

おそらく、世界で最も高名なランニング・コーチであるLydiard氏が提唱したのは、週に160キロ以上(月間に直すと640キロ!)の走り込み期間を2か月以上に渡って行い、それから坂道トレーンイング、スピード練習中心の期間へと移行していく段階的トレーニング方法だ。この方法論は長い間ランニング界における世界的なスタンダードであったし、今でも多くのランニング理論はその影響下にあると言って差し支えない。

 

取り組みやすいLSD

週に何キロ、あるいは月に何キロと走行距離の目標を立てると、多くのランナーが行うのがLSD(Long, Slow, Distance)だ。タイムを気にせず、ゆっくりと時間をかけて、長い距離を走る。誰にでも出来るし、体に負担もかからない(ように見える)ので、多くの市民ランナーはこのLSDを好む。

実際のところ、LSDだけをやっておけば、フルマラソンを4時間程度で完走することは充分に可能なのだ。日本では、故佐々木功氏の著書「ゆっくり走れば強くなる」(1984年初版)がこのLSDをトレーニングの中心にすることを提唱し、多くの市民ランナーに影響を与えた。同書は佐々木氏の愛弟子でソウルオリンピックの日本女子マラソン元代表の浅井えりこさんによって改訂版も出版されている。

 

さらに上を目指すランナーはメリハリを

ただ完走するだけではなく、フルマラソンをある程度のタイム以内(サブ4、サブ3)で走るとなると、LSDだけでは限界があるとして、インターバル走などで負荷をかけたランニングをトレーニングの中心に持っていく考え方もある。どちらかと言えば、市民ランナーでも中・上級者用のメニューとして紹介されることが多い。前述のLydiard氏の理論でいえば、走り込みで土台を作った後の2段階目にあたる。こうした練習を毎日行うのは無理なので、多くの場合は週何回かを強化練習の日、その間をジョギングでつないで回復を図る、という方法が採られる。故小出義男氏の著書「30キロ過ぎて一番速く走るマラソン」で紹介されている練習メニューもそうだ。例えばこのような1週間メニューになる。

月:休み
火:ジョギング
水:強化練習(インターバル走)
木:ジョギング
金:強化練習(ビルドアップ走)
土:ジョギング
日:LSD

上はあくまで例だが、このようにして、ランニングのスピード、距離、時間に変化をもたせ、トレーニングにメリハリをつける方法だ。

同書では「ポイント練習」と呼んでいるきつい練習(インターバル走、ビルドアップ走、長距離走など)を数日おきに行い、間の日に「つなぎ」と呼ばれる軽いジョギングを挟んでいく。毎日限界まで追い込むわけではなくても、こうして週に5~6日は走って、スピードと持久力を高めていくわけだ。サブ4、サブ3と目標が高まるにつれ、特にスピードが重要な要素になる。
さらに上を目指すランナーはメリハリを

 

つなぎ練習に要注意

「ポイント練習」の内容や強度はランナーのレベルと目標によって様々だから、ここでは触れない。注意が必要なのは、本来なら疲労から回復することが目的のはずである「つなぎ」のジョギングで走行距離を稼ごうとしないことだ。前述の月間走行距離信仰も手伝って、ついつい走りすぎてしまい、結果としてレース前に脚を痛めてしまうランナーは多い。

当たり前のことだけれども、軽いジョギングにしろ、スピードを上げて走るにしろ、「走る」という行為には変わらない。基本的には同じ動きであり、体にかかる負担も大小の差はあれ、種類的には同じようなものなのだ。走るという動作を行うと、着地時に体重の3倍の衝撃がかかるとはよく言われることだ。勿論、速く走れば衝撃は大きくなり、ゆっくり走れば衝撃は少なくなる。だが、それはゼロになるわけではない。回復しているつもりでも、体に受けたダメージは蓄積されていく。

数か月間程度の走り込み期間であれば、毎日走ってもよいだろうし、その方が良い結果が出るかもしれない。だが、年間を通してそれを続けてしまったら、蓄積疲労によるケガの危険性が高くなる。

確かに完全に休むより軽いジョギングを行うと体内の疲労物質は除去され、リフレッシュした気分になることが多い。いわゆるアクティブ・リカバリーと呼ばれる効果だ。そのことと膝や足首などの関節や腱にかかる着地衝撃を混同してはいけない。走ることによって負ったダメージは走ることによっては完全には回復しない。野球で先発ピッチャーが登板翌日はノースロー調整で肩を休めるように、本来であれば、ランナーは走った翌日は走る以外のエクササイズを行うべきなのだ。

この記事の作者

角谷 剛【スポーツトレーナー】
角谷 剛【スポーツトレーナー】
アメリカ・カリフォルニア在住。IT関連の会社員生活を25年送った後、趣味のスポーツがこうじてコーチ業に転身。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州アーバイン市TVT高校でクロスカントリー部監督を務める。また、カリフォルニア州コンコルディア大学にて、コーチング及びスポーツ経営学の修士を取得している。著書に『大谷翔平を語らないで語る2018年のメジャーリーグ Kindle版』、『大人の部活―クロスフィットにはまる日々』(デザインエッグ社)がある。 【公式Facebook】https://www.facebook.com/WriterKakutani
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