ビールでよく聞く「喉越し」って何のこと?
- 2018/11/03
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喉越しを楽しむものといえば、蕎麦ですよね
「この長い奴へツユを三分一つけて、一口に飲んでしまうんだね。噛んじゃいけない。噛んじゃ蕎麦の味がなくなる。つるつると咽喉を滑り込むところがねうちだよ」
これは、夏目漱石「吾輩は猫である」にある、登場人物の迷亭が蕎麦のたぐり方についてウンチクを披露するシーン、幼き日の私、アントニオ犬助を大いに驚かせた一節です。食べなれているはずの、蕎麦の食べ方が間違っているだと?! 正しい食べ方は、噛むのではなくて、喉に滑り込ませる。つまり「喉越し」を楽しむものであると語っています。
この場合の喉越しとは、スムーズに食道を通って胃の中へ滑り落ちていく感覚のこと。
もちろん蕎麦にも色々あって、中には非常に太く打たれたものがありますから、そんな場合は喉越しを楽しむことはできません。しっかりと噛んで味わう必要があると思うのです。
しかし細く打たれた蕎麦の場合は喉越しを楽しむもの、そして鼻から抜ける蕎麦の香りを楽しむもの……ああ、これこそ犬助が蕎麦の旨さを知ったとき。大人の階段を登った瞬間だったのです。
ビールの喉越しを構成する要素は複雑なもの
「味わうもんじゃない、喉越しを楽しむものなんだ」
これは、飲みなれないビールに顔をしかめていた犬助に父がいった言葉。
まるで蕎麦のたぐり方みたいだと思いながら、舌を避けるようにビールを喉に流し込んでみると驚いた、これが実に旨いのです。
味わって飲んでいたときには不快だったはずの苦味が、実に爽やかに感じます。ビールの冷たさや炭酸の刺激も心地よく喉を刺激しますし、鼻から抜ける麦汁の香りも心地よい……これが、犬助がビールの旨さに開眼した時だったのですが……このビールの喉越しとは、なんでしょうか? ビールの方が蕎麦より、喉越しに関係する要素が多岐にわたり、複雑な様子です。
身体の反応で、喉越しのよさを測定するメーカー
ビールの旨さの大きな要素にもかかわらず、それを構成しているものは複雑。そこで、ビールメーカーは逆のアプローチを取りました。喉越しがよいと感じたときに、身体がどの様に反応するのかを研究したのです。
例えば、キリンホールディングスではビールを飲み込んだときの、喉の筋肉の動きと周波数を測定。「低周波成分の減少=喉越しがよい」と考えました。
また、サッポロビールではビールを飲み込んだときに喉で起こる変化を圧力センサーや振動ピックアップ、EMG電極を使って解析。「喉仏の上下運動が早く、音の周期が短く、筋肉の動きが小さい=喉越しが軽い」と考えました。
苦味を加減してみたり、適温を考えてみたり、炭酸の効き具合を調整することでビールメーカーは、喉越しがよい場合に示される身体の反応を起こさせる。こんな風にして、商品開発をしているのでしょうね。
ビールの喉越しを楽しむことのルーツは、蕎麦にあった?!
日本ではこのように、各社が研究しているビールの喉越しなのですが、面白いことに英語やドイツ語では喉越しに当たる単語がないのだとか。世界中で楽しまれているビールなのになぜだろう? と、考えてみたのですが、これは恐らく、イギリスやドイツで伝統的に飲まれているビールが「エール系」であることと無関係ではないでしょう。
エール系とは、日本で主に楽しまれている「ラガー系」と比較すると、より旨みがあるとされるビール。一気に喉に流し込むというラガー系の楽しみ方よりも、チビチビと口に運ぶという楽しみ方が一般的。つまり、喉越しはあまり重要視されていなかったのです。
一方、日本で楽しまれているラガー系の特徴は、すっきりした口当たりと軽快な飲み口。喉越しを楽しむのに適当なもの。それだけに日本では、喉越しを重視するようになったのでしょう。
加えて、西洋からビールが入ってくる以前から、日本人は喉越しを楽しむ素地があったと加えておきましょう。つまり、冒頭で紹介した蕎麦の文化です。
くちゃくちゃと口の中で楽しむのではなく、ひとおもいに喉に流し込み、蕎麦が喉を通り過ぎていく感触と、鼻から抜ける香りを楽しむ。こんな特異な食文化があったからこそ、ビールも喉越しを重視するようになった。だからこそ、日本の大手メーカーが手がけているビールはラガー系ばかりになったのではないかと思うのです。
ビールの喉越しを楽しむ文化は、蕎麦に由来しているもの。少々乱暴ですが、今回はこのように結論付けておきましょう。