ズバリ、仕事が成功する秘訣とは……そんなビジネスパーソンの悩みに応える幕末生まれの実業家5人の名言
- 2019/11/07
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混乱と転換の時代に成功した幕末生まれの実業家たち
2021年のNHK大河ドラマが、渋沢栄一の人生を描く「青天を衝け」に決定しましたね。気鋭の人気俳優・吉沢亮さんが主演とあって、周囲の女性の間でも話題になったのではないでしょうか。
渋沢は2024年度から発行される新1万円札の肖像に採用された点からも、近年注目を集めている偉人です。
生涯に約500もの会社をつくって「日本資本主義の父」と呼ばれた、明治時代の実業家として知られますが、その成功を手にできた理由は若き日に動乱の幕末期を生き抜いたからこそといえるでしょう。
渋沢と同様に明治維新という時代の変革期をリアルタイムに生き、実業家として名を残した偉人たちからは、不屈の精神力と時流を乗りこなすしなやかさがことのほか強く伝わってきます。
そこから生み出された経営の哲学や戦略に、ビジネスでの成功を収めるヒントが詰まっているのは言うまでもありません。
今回は、そんなビジネス成功の秘訣を語った幕末生まれ実業家5人の名言をご紹介します。
渋沢栄一「常に上を目ざす志を失わない」
「もうこれで満足だという時は、すなわち衰える時である」
まずは渋沢からご紹介しましょう。渋沢は幕末動乱のはじまりとされる黒船来航時に14歳でした。
生家は豪農で、特産の藍製品の商いもしていたことから、若くして商売の重要さを知っていたといわれます。成長して江戸幕府の幕臣になると、15代将軍・徳川慶喜の弟である徳川昭武の従者としてフランス留学を経験し、海外の経済システムも学びました。
現在のみずほ銀行や東京海上日動火災保険など、今でも健在の会社の設立に多数関わったほか、学校や病院の設立、慈善事業などにも積極的に取り組み、海外との交流を深めたことからノーベル平和賞の候補にもなっています。
ひとつ成功しても満足せず、生涯にわたって精力的に活動し続けた結果、実業家として大成できたといえるでしょう。
そんな渋沢だからこそ、「満足が終わりのはじまりになる」という名言を残しているのは納得ですよね。
また「悪いことをしないだけでは社会に利益をもたらさない」という内容の言葉も残しており、行動をしないことがなによりも成功を遠ざけると考えていたことがわかります。まずは行動しなければ、成功もあり得ないのです。
岩崎弥太郎「チャンスをつかむなら準備が必要」
「魚を獲ろうと思えば、常平生からちゃんと網の用意をしておかねばならない」
三菱財閥創業者・岩崎弥太郎の名言で、魚を事業の成功、網を成功の手段になぞらえてビジネスの心得を語っています。ビジネスには運も必要なのは確かですが、運よく大きなチャンスが巡ってきても、つかまえる手段がなければみすみす逃すだけ。普段からチャンスを想定して対策を講じていた人が、大きな成功をつかむのです。
貧しい武士の生まれながら野心家だった岩崎は、ただでは転ばない性格でした。
ケンカ騒動を起こした父親が投獄された際には、役人の不公平な態度に腹を立てて奉行所に落書きをして自分も投獄されましたが、ここで同房になった商人から商業のいろはを学んでいます。
また、幕末期に協力していた土佐藩の重臣・後藤象二郎が明治政府入りすると、現在でいうインサイダー取引をして巨万の富を得ました(もちろん、当時は犯罪ではありません)。岩崎はこのように、スキルや人脈を最大限に活用して成功を引き寄せたのです。
2010年の大河ドラマ「龍馬伝」では、香川照之さんが演じた岩崎。明治時代には渋沢とライバル関係だったので、「青天を衝け」にも登場するかもしれませんね。
五代友厚「目的を明確にすることが一番重要」
「地位か名誉か金か、いや、大切なのは目的だ」
明治維新の混乱で衰退した大阪経済の再生を果たした五代友厚の名言です。当然ながら、ビジネスでの成功は短期間ではできませんよね。しかし長い期間に多くの企画をこなしていると、目先の利益に捉われてなにをしたいのかわからなくなってしまうことも多いはず。
そうならないために重要なのが、目的を持つことです。
「これからなにをするべきか?」という岐路に立ったとき、目的がはっきりしていればぶれずに次の行動を決められて、結果的に成功への最短ルートを進めます。
この考え方は初志貫徹ともいえるでしょう。五代は明治政府の役人として大阪と関わったのち、横浜への異動を命じられましたが、大阪の経済再生を果たすという目的があったため政府を辞めて実業家に転身しました。
目的への道を一直線に歩んだ結果として、「大阪経済の父」と呼ばれるほどの成功を収めたのです。
五代は2015年後期のNHK朝ドラ「あさが来た」でディーン・フジオカさんが演じて人気を博しました。
東京を拠点とした渋沢と並び称され、「東の渋沢、西の五代」と謡われたため、五代も「青天を衝け」への登場が期待されます。
御木本幸吉「ときにはビッグマウスで退路を断つ」
「世界中の女性の首を真珠でしめてごらんにいれます」
真珠ブランドで世界一のシェアを誇るミキモトの創業者・御木本幸吉の名言です。真珠養殖に励む御木本が明治天皇に拝謁した際の言葉ですが、実はこのとき、真珠養殖の技術はまだ確立していませんでした。
しかし御木本はあえて天皇にビッグマウスを放つことで自らを奮起させ、のちに本当に真珠養殖の技術を完成させたのです。
幕末の終わりとされる箱館戦争終戦時に12歳だった御木本は、家業のうどん屋だけで身を立てるのは難しいと考え、職業選択の自由が認められた時流に乗って米や海産物などの商売を行いました。
この頃からすでにビッグマウスを使う癖があり、周囲からはほら吹きと呼ばれたそうです。
しかし、御木本のビッグマウスは絵空事ではありません。実は当時、真珠の養殖は不可能と考えられていましたが、御木本はあきらめずに18年の月日をかけて実現したのです。
御木本は「普通の人間と同じことをしていたら普通の人間にもなれない」という内容の言葉も残しています。成功するには、普通の人間なら無理だと思ってしまうような目標をあえて口に出し、退路を断って進む強固な覚悟が必要といえるでしょう。
津田仙「有益な事業は熱意から生まれる」
「国家に益ありて次第にその繁栄をみるは当業者が熱心を以て結合するにあり」
本業は農学者ですが、日本ではじめて通信販売を行った人物とされる津田仙の名言です。「津田」という姓からピンときた方もいらっしゃるかもしれませんが、渋沢と同じタイミングで5千円札の肖像に選ばれた教育者・津田梅子の父親です。
この言葉は「国に利益があって国を繁栄させる事業とは、行うものが熱意を持って力を合わせる事業である」という意味で、明治時代の農業誌『農業雑誌』への寄稿の一文です。
津田は国が農業を守ろうとして過保護になると、農業をする側にも甘えが出て、農業の発展が停滞すると考えました。
そこで、どんな事業のありかたが理想的かを語ったのがこの名言です。やはり最終的には事業を行う当人のモチベーションが高くなければ成功しないと津田は考えたのです。
これは現代のビジネスの現場でも同じですよね。
「仕事をやらされている」とか「楽な仕事がしたい」と思っていたら成功は手に入れられません。自分から興味を持って積極的に関わり、熱意を持って仕事に取り組むことが大切なのです。
一貫した熱い意欲が成功を引き寄せる
成功した実業家というと損得勘定ばかりしていたように思うかもしれませんが、名言を見ていくと実際には「この仕事をやりたい」と心に決めて情熱を燃やし続けた人物が偉人となっていることがわかります。
お金や地位や名誉は、その結果としてついてくるといえるでしょう。
渋沢は「事業には信用が第一である」という名言も語っており、「信用を得るには自分が相手を信用しなければならない」と語っています。受け身になって他人にしてもらおうと考えていると、得られるはずの信用をどんどん逃して最終的に成功まで逃してしまいます。
もちろんビジネスには慎重さも大切ですが、なかなか思うような成果を上げられないと感じているなら、幕末生まれ実業家たちのように積極的に熱い意志を持って仕事に取り組むといいのではないでしょうか。