ワインが世間で「もてはやされている」ことが理解できない!

  • 2019/05/04
  • ライフスタイル・娯楽
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  • アントニオ犬助
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実はワインが理解できないという悩み

実はワインが理解できないという悩み
「ウイスキーの入り口に悩んだら?」「プレミアム日本酒が手に入らないなら?」
こんな酒通を気取った文章を書き連ねている、私、アントニオ犬助です。まあ、今まで人一倍の酒を飲んできたってだけなんですけれどね。とはいえ、実は全く理解できない酒があるのです。それはワイン、あーわからん!と、いつも頭を抱えてしまいます。これに、ベストパートナーとされるチーズが加わると、より理解は難しくなり、大いに混乱してしまいます。

例えば、以前足を運んだ「ワインとチーズのマリアージュ」なる集い。場所は地元で有名なワインバー、もちろんソムリエも常駐しています。そこで、口にしたワインとチーズがよくわからないの何の。銘柄は忘れましたが、ブルゴーニュワインとエポワスとか、白ワインとロックフォールとか、そこにはソムリエが気合を入れて選んだであろう、ワインとチーズの組み合わせが数通り置かれていました。で、ウンチクに耳を傾けながら、両者の相性を楽しむという趣向だったのですが、まあわからない。ていうか、なぜ高級なワインとチーズって、あんなに複雑な味、といいますか犬助の理解を超えた味がするんですかね?

 

酒と発酵食品は本来、地域性が強いもの

「犬助には難しすぎたのでしょうか?」と思いながら、帰路につきました。その一方で、頭をもたげてきたのが「そもそも日本人にワインがわかるのか?」という問題です。

食べ切ることができなかった麦からジュースが作られ、自然発酵してビールができたように、酒とは本来、穀物や果実の余剰分から生まれたものです。つまり地域で作られている作物や風土とは切っても切れないものです。だから日本には、米から作られた日本酒があり、麦やイモから作られた焼酎がある。中米にはサトウキビから作られたラムがあり、ヨーロッパにはブドウから作られたワインがあり、それらの酒はごくドメスティックなものとして、狭い地域で楽しまれてきました。

余剰生産物に手を加えていたら、自然発酵して何か不思議なモノができた。こんな風にしてできたものは酒だけではありません。納豆や豆腐、チーズなどの発酵食品も同様。酒と発酵食品は本来、ごくごくドメスティックなもの。つまり他の地域の人々が楽しむには難易度が高いのではないか?と、思うのです。

 

ドメスティックなものは、理解できなくて当然

ですから、犬助が出かけた「ワインとチーズのマリアージュ」などというイベントは、本来ならばフランス人にしかわからないものなのです。だって、酒と発酵食品というドメスティックの極みのような取り合わせ、日本人なんかにわかるわけがないじゃないですか。

酒の量販店に巨大なワインセラーがあったり、デパートの地下に数え切れないほどの輸入チーズが並べられていたり。そんな光景を見かけるたびに、ワインとチーズの組み合わせという、理解できる人にはたまらない(であろう)マリアージュの世界を理解できない犬助は、何か大きな損失をこうむっている気がしていました。しかし、酒と発酵食品は本来ドメスティックなものという理屈を思い出し、自身を保とうとしています。

 

自分は自分、世間は世間なのだ

つまり、自身の味覚なりに自信を持てということです。
ウイスキーが好きになれないとか、日本酒が好きになれないとか。世間で持てはやされているものを好きになれないことは、何か大きな楽しみを失っているということではありません。そして無理に好きになる必要もないのです。だって、ウイスキーや日本酒がご自身に向かないとしても、他の酒は無数にあるのですから。

もちろん、ちょっとしたきっかけの向こうに広大で芳醇な楽しみの世界が広がっている可能性はありますから、挑戦しようとする姿勢を失ってはいけません。しかし、試した結果、ダメだったらそれでいいじゃん。酒なんて、ただの嗜好品。好きなものだけを、好きに飲んでいればいいのです。

このことは酒だけでなく、世間でもてはやされているものが理解できなくなるという、加齢にともなうありがちな悩みにも当てはまると思うのです。自分は自分、世間は世間……これで良いのではないか?と思うのです。

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アントニオ犬助
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みんなに嫌われるジジイを目指して、日々精進中!!
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