“声なき声を聴け”アサヒスーパードライに学ぶマーケティング
- 2018/02/16
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職場に限らず、趣味の場でも、発言力のある人や、その取り巻きの意向で、物事が決まる事がある。
今の国会中継が、面白くなく誰もみない理由はそこにある。
歴史上のヒット商品と呼ばれてきたものは、意外にも『発言力のある人』や多数決で決められるものから生まれたものでなく、逆境に負けず、その場の『声なき声』を拾い続けたからこど生み出されたものだ。
今宵の、ヤジアップ世代のお供となるビールも、そうやって生まれた。
同業他社が作らず、消費者が求めるもの
アサヒの主力商品と言えば『スーパードライ』。
この商品が世に出る直前の’80年代前半、アサヒは『夕日ビール』と揶揄される程、業績が落ち込んでいた。
市場占有率が4位のサントリーと並ぶ(9%)という史上最悪の事態となり、トップは住友銀行(現:三井住友銀行)から村井氏が送り込まれてきた。
マツダの経営再建で、自動車業界初の個人ローンを成立させ成功した村井氏は、その後、8年後輩で、副頭取まで上り詰めた樋口氏を呼び寄せ、消費者が求めるビール作りに舵を切った。
彼らは、消費者が求めるビールとは、今、同業他社が売っているものと、全く違うのではないかという概念に行き着き、’84年から1年間、東京と大阪で、2回、計5000人を対象にランダムに味覚・嗜好マーケティングを行ったという。
ネットもなかった時代、社員が頼るのは足だったし、命運をかけた戦いだからこそできたのだろう。
その結果、若い人を中心に、大半の消費者がビールに苦味だけでなく、口に含んだ時の味わい(コク)、のど越しの快さ(キレ)を求めている事が判明。
今となっては、売れるビール作りの基本だが、この当時、気付いたのは、市場リサーチを行ったアサヒだけだった上、主流のビールは、苦味の強い重い味だった。
発想を変え、試行錯誤の末、ビールの主原料である麦芽の比率を7割まで減らし、副原料の割合を増やす事で、アルコール度数を、従来のビールの4.5%から5%にアップする事で、辛口でキレのあるドライビール・『スーパードライ』が生み出された。
今までの概念を覆したスーパードライは、’87年3月にリリースされると、2年後に売上1億箱突破。
発売10年で、年内シェアNo.1となり、’98年にはアサヒは、45年ぶりに首位に返り咲いた。
では、スーパードライを作った背景にあった人事とは、どの様なものだったのだろうか。
声なき声を聴け
スーパードライの開発に携わる前の、アサヒは、経費・人件費削減の為、500人以上ものリストラを行っていた。
会社からの通達だけでなく、労組役員は、該当する定年間近の社員に、希望退職を促すという嫌な役目を負わされる事となった。
現社長の小路氏も、その1人で、当時三十路だった小路氏は、ある50代のベテラン社員に希望退職を促さねばいけなかったが、その社員が小路氏に退職間際に残した言葉が、後のアサヒの運命を左右する事になる。
『会社が割り増し退職金でと声をかけてきたので私は去ることにする。だが、
(社内で)声の大きい人の話を聴くだけでなく、声なき声、真面目にコツコツ仕事をしてきたのに辞めていく人たちの声を聴く事をしてくれよ。』
これが後の、スーパードライ作りのマーケティングや、スーパードライが年内シェアNo.1となった後、中国本格進出となった後の人材選びに役立ったのは言うまでもない。
ここで言う『声なき声』というのは、中国の古典『荘子』にある『聞不言之言(不言の言を聞く)』という意味だ。
声の大きい人の話ばかりを聴くなというのは、部署のリーダーや管理職をもちあげたり、機嫌をとる人の事ばかり優先していては真実は見えてこないという意味である。
これでは職場や趣味の場でも、真面目にコツコツやってきた人の努力を無視する事になり、彼、彼女らは、愛想を尽かして去っていく事になるからだ。
それは『声なき人』の声を聴く事にはならない。
上司の恣意が入る事で、社の命運が傾くこともあれば、良い企画が通らなくなる事もある。
また社の命運をかけた戦いとなれば、恥も外聞もかき捨てで必死で戦わなくては、歴史に残る商品を作る事は出来ない。
恣意とプライドは捨てて挑め
住友からアサヒに出向した樋口氏は、住友銀行副頭取時、イトマン事件が発覚。
頭取だった磯田氏に、乱脈融資をとがめると、一蹴された上、ガラスの灰皿が顔めがけて飛んできたのが、住友を去るきっかけとなった。
当時樋口氏は、ロイヤルホテル社長などの話もあったが、先輩にあたる村井氏の誘いもあり、アサヒビールに入社。
既に、スーパードライ開発のプロジェクトが極秘で始まっているにも関わらず社員の覇気のなさを目の当りにし、顧問に就任する否や、店頭に売れ残った古いビールを何とかしようと背水の陣をしいた。
住友銀行の支店長会議で、樋口氏は
『香典が欲しいのです。わたしが死んだと思って、そのお金で売れ残っているビールを買ってください』と深々と頭を下げ、その姿は喝采を浴びたという。
新しい商品の開発は、誰でも心が躍る。
その一方で今までの汚点となる在庫処理は誰も引き受けたがらない。
それを自分を死んだと思って頭を下げる、バブル絶頂期の銀行の元副頭取の姿は、銀行マンからしてみれば、信じがたかっただろう。
この様に、歴史上に残る商品を作る為には、人の上に立つ人間は、恣意とプライドを捨てる必要がある事が判る。
それが出来る上司は、現場や市場の声なき声を拾う事が出来るのだろう。
だからこそ、スーパードライは今日も売れるのだと思う。