元死刑囚が「謎」を解き明かした?マレーシアVX暗殺事件

  • 2018/08/01
  • ライフスタイル・娯楽
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  • のりき 夢丸
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怒濤のごとき連続執行でもうこの世に彼はいないが

怒濤のごとき連続執行でもうこの世に彼はいないが
当時を知らない人も多くなった一連の「オウム真理教事件」で死刑判決を下された13人が、先日一斉に刑を執行され、大きな話題となった。

その13人のうちのひとりで、教団の化学兵器製造に携わったとされるのが中川智正・元死刑囚である。

「オウムといえばサリン」というほど有名になった猛毒の化学物質サリンを教団内で合成することに成功し、オウムがその後の凶行を推し進める一因になった人物で、もともと彼は医師であった。

その彼が刑執行の直前、ある科学雑誌に1件の論文を発表した。
題名は「VXを素手で扱った実行犯はなぜ無事だったのか」。

これでピンときた方もいるだろう。
昨年2月にマレーシアで起きた「北朝鮮・金正男氏暗殺事件」の真相に迫った科学的アプローチである。

 

これも摩訶不思議な事件だった

これも摩訶不思議な事件だった
昨年2月、北朝鮮の金正男氏はマレーシアのクアラルンプール国際空港で、2人の女性によって顔を別々の液体で濡らされ、発生したとみられる猛毒「VX」によって中毒死した。

この事件、当初から不思議なことだらけだった。
つまり、

▼実行犯の女性は「指示役」の男性(いっさい謎)から液体を渡されただけで殺害の意思がなかった
▼2人の女性にはそれぞれ別々の液体が渡され、金正男氏の顔にイタズラをしろと指示されたのみだった
▼渡された液体そのものには毒性がなかったらしく、また犯行後(つまり合成後)も実行犯の女性2人にはなぜか被害がなかった
▼金正男氏は目の痛みを訴えた約30分後に死亡した

いったい誰が書いた筋書きなのか、推理小説さながらの手際の良さでいとも簡単に大物を抹殺することに成功した事件として、さまざまな憶測を呼んだ。

ところが先の中川元死刑囚は、残された断片的な捜査データと、自らの劇薬生成経験とを重ね合わせることで、この不可思議な難事件解決に一本の道筋を与えた。

 

恐ろしいほどに冷静かつ実体験含みの考察

恐ろしいほどに冷静かつ実体験含みの考察
自分が読んだ中川元死刑囚の論文は化学の専門雑誌に掲載されたもので、編集部曰く「推測の域を出ない箇所もあるが、実際の経験者でないとわかり得ない知識もあり、そのまま掲載した」とあるから、いちおうの論文レベルに達したと認められたらしい。

その文章は、やはり日常に劇薬を扱い慣れていた経験からくる「実践感・既視感」がものすごく高い。

もちろん彼は捜査ファイルを隅々まで見たわけではなく、協力者のもと、いくつか仮説を立てては検証を繰り返しているのだが、

▼2人の女性に渡された液体の正体と当時の状態
▼混ぜ合わせた際に起こる化学反応と合成物
▼ターゲットだけに被害を与え、実行犯(医療従事者にも)にはケガさえさせなかったその理由
▼金正男氏が「目が痛い」と訴えたその理由
▼この猛毒の前段階物質がどこ(国レベル)からやってきたのか(これが推測を出ない箇所か)

これだけのことにきちんと筋道を立て、最後はマレーシア当局による一層の真相究明と北朝鮮の劇薬製造ルート解明を願っている点などは、ちょっと空恐ろしい感じさえする。

この資質をどうして世の中のために活かせなかったのか、改めてじくじたる思いがよぎる。

 

彼には年老いたひとりの協力者がいた

彼には年老いたひとりの協力者がいた
中川元死刑囚に論文作成を勧め、そのお膳立てをした人物は「Anthony T.Tu(アンソニー・トゥー)」氏、日本名を「杜祖健(とそけん)」さんという化学者だった。

アンソニー博士は、収監中の中川元死刑囚と面会等のコンタクトを取れた数少ない人物の一人で、一連のオウム事件にもサリン検出などで関わった経歴のある人だ。

オウム事件の死刑囚たちは、裁判中でも収監中でも、その全容を事細かに口にしたとはいいがたい。
それが彼らの落ち度なのか、裁判という方法が口を硬くさせたのか、日本人に「一日も早い刑の執行を」という意識が働いたからなのかはわからない。

が、一人の老化学者と死刑囚との刹那の付き合い方を見るにつけ、真実を語ることと語らせることの難しさを、心から痛感させられるのである。

たった一日違いであの地下鉄サリン事件に遭わなかった者としても。

この記事の作者

のりき 夢丸
のりき 夢丸
馬と日本酒と時代劇をこよなく愛するフリーライター。 モットーは「人の行く裏に道あり花の山」。 最近はドローンに興味津々の毎日。 競馬血統ブログ「ほぼ毎週競馬ナビ」にて執筆中。
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