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シャネル好き女子がブランド狂いとは限らない理由

  • 2017/05/02
  • モテ
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  • 八神千鈴
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ブランド好き女子っていいイメージがないかもしれませんが…

女子が心を動かされる物語を持つブランドがシャネル

ブランド物を身につけている女子に会うと、お金がかかりそうだと思って一歩引いてしまう……そんな男性も多いですよね。虚栄心につきあわされるのはごめんだという気持ちになるのは仕方のないことです。
しかし、すべてのブランド好き女子がただブランド物を見せびらかせたいわけではありません。中には、ブランドの物語に共感している女子もいるのです。
特に、女子が心を動かされる物語を持つブランドがシャネルです。ブランド創始者ココ・シャネルは男性優位の時代に社会進出した女性として、現在でもたくさんの女子のリスペクトを集めています。
シャネルの生涯を追ってみれば、ブランド物なんてただ値段が高いだけというイメージが変わるかもしれませんよ。

 

シャネルが最初のショップを開くまで

ココ・シャネルの本名はガブリエリ・ボヌール・シャネルといい、フランスのソミュールという街で1883年(日本は明治16年)に生まれました。

シャネルが最初のショップを開くまで

10代のうちに母を病気で失い、父に捨てられて孤児院に入れられます。ここでお針子として得たスキルが、のちにファッション業界で役立ったのです。
18歳で孤児院を出たときには歌手を夢見ており、キャバレーなどで歌っていた十八番の曲名から「ココ」の愛称で呼ばれました。
しかし、オーディションで落選続きだったため、歌手はあきらめます。そして、恋人のエティエンヌ・バルサン将校の館があるパリへ引っ越しました。当時の女性は男性の「お飾り」にならないと生活できなかったのです。

当時の女性は男性の「お飾り」にならないと生活できなかった

バルサンのもとでシャネルは手なぐさみに帽子をつくっていました。これが周囲に好評で、シャネルはショップを持ちたいと考えます。しかしバルサンは女性の自立を認めず、ふたりは破局。代わって、バルサンの友人の実業家アーサー・カペルが恋人となり、開業資金を援助したことでシャネルの最初のショップがオープンしました。

 

ファッションで女性を解放したシャネル

ショップを開いたシャネルは帽子だけでなくファッション全般へとジャンルを広げ、動きやすい素材とデザインのドレスをつくりました。当時の女性はきついコルセットを締める動きづらいドレスを着ており、シャネルはなぜ女性だけがこんな服を着なければならないのかと疑問を持っていたのです。この発想がのちに機能的なシルエットのシャネルスーツへとつながります。また、現在でも人気の高い「No.5」などの香水を発表し、女性の美を多角的に表現しました。

ファッションで女性を解放したシャネル

一度は労働環境の改善を求めるストライキを受けてファッション業界を退いたシャネルですが、第二次世界大戦後にデザイナーとして復帰。女性の社会進出を推進するアメリカで絶大な支持を受けました。
そして87歳で亡くなるまで、生涯現役でファッションとともに歩んだのです。

「シャネルが好きなの」という女子は、ココ・シャネルのように自立した女性でありたいと考えているのかもしれません。ブランド狂いと決めつける前に、シャネルのどこが好きかきいてみると話が盛り上がるかもしれませんよ。

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編集プロダクション、出版社の編集者を経てフリーライター。現在は歴史系記事をメインに執筆。それ以前はアニメ、コスメ、エンタメ、占いなどのメディアに携わってきました。歴史はわかりづらいと思っている方にもわかりやすく、歴史のおもしろさをお伝えしたいです。
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