YAZIUP CLUB会員募集中

【男の酒のうんちく話】知ってたらスゴイ!なぜ1月20日は「玉の輿の日」なのかということ。

  • 2017/01/13
  • モテ
  • 42view
  • YAZIUP運営
タグ

玉の輿の意味と1月20日の訳

398210881
1月20日が玉の輿の日だと言われても、良くある語呂合わせでもありません。
これはかつてアメリカ屈指の金融財閥モルガングループ総帥ジョン・ピアポン・モルガンの甥ジョージ・デニソン・モルガンが、京都の芸妓だった加藤ゆきと結婚した事実に由来しています。
その日が1905年1月20日だったのです。
では、なぜそれを玉の輿と言われるのかについて説明します。
玉とは宝石のような美しく光り輝くものと言う意味です。
輿は人が乗る乗り物のことです。
ですから玉の輿とは、美しく光り輝く乗り物に乗るという事になります。
転じてお金持ちと結婚する事として用いられるようになったのです。

 

加藤ゆきの玉の輿にかかる経緯

403684420
加藤ゆきが結婚したのは24歳、1905年当時としては決して若くもありません。
ジョージ・デニソン・モルガンとの結婚に際しては、単純な話では無かったようです。
彼はアメリカで恋人と別れた後、日本に旅行に来ていたのです。
そこで芸妓の彼女と出会って一目惚れしたとも言われてます。
しかしながら元々、彼女には結婚を前提にした恋人がいたので、モルガンからの結婚話には難色を示していたのです。
ところがその恋人の男性はまだ若い学生で、すぐに結婚できる状況でも無かったのです。
彼の家族も結婚には反対していたのです。
そこで、彼女はモルガンと結婚することになったのです。
もう年齢的にも結婚を真剣に考えていたのでしょう。
アメリカを代表する金融界の御曹司モルガンと一介の京都の芸妓との結婚は今で言う超格差婚なのでした。
加藤ゆきはモルガンから落籍料として4万円を受け取りました。
今の額でおよそ3,000万円もの大金です。
それでも支払ってくれているのは、まさに宝くじに当たったようなものなのです。
当時、国際結婚は、たとえそれなりの身分の者であってもまだ珍しい時代でした。
それも相手が超VIPである事から、お金目当ての結婚だと後ろ指を指されていたようです。
そんな国内を離れて二人はアメリカで暮らし始めます。
その後はパリに居を移し、華やかなパリの社交界でも活躍していたようです。
そこでモルガンと死別し、57歳で日本に帰り懐かしい京都で82歳で亡くなるまで静かに余生を送りました。

 

玉の輿はいつの時代も女性の憧れです

174757184
現代においても、結婚適齢期の女性が夢見る結婚に玉の輿は必ず存在します。
決してお金の魅力にばかりとらわれているのではありませんが、やはり先立つものへの頼り甲斐と言うのはあるのです。
女性にとって玉の輿がいかに深く認識されているのかを知る事は、男性としても大切な事でもあります。
日本のシンデレラとして名高い加藤ゆきの結婚にかかる半生を知れば、その目線から女性を見る事もできるのです。
最初から狙って玉の輿に乗ろうとする女性は、そう多くもありませんが、成り行き上そうなりたいと言う微妙な気持ちで揺れているのでしょう。
そのためにも日夜、女を磨いているのです。

この記事につけられたタグ

関連する記事

この記事の作者

YAZIUP運営
YAZIUP運営
YAZIUPは『オヤジである自分を受け入れ、最大限“楽しむ”ことができるオヤジはカッコいい!!』と考えています。「まだ現役でいたい!モテたい!カッコよくいたい!!」そんな40代~50代の男性の皆様にオヤジを“楽しむ”情報を毎日お届けするYAZIUP!!『近所のオヤジ達の中で一番カッコいいオヤジ』を目指しませんか?
up YAZIUP運営
YAZIUP運営

週間アクセスランキング

    ロットンダで

    人気カテゴリランキング

    ページTOPへ
    ページTOPへ