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パチンコ発祥の地は実は宝塚だった!

  • 2017/08/07
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名古屋が有名だが発祥とは言えないパチンコ

名古屋が有名だが発祥とは言えないパチンコ

パチンコ店は全国各地に無くてはならないかのようにあるものです。
中でも名古屋はパチンコ発祥の地と言われるように量も質も抜きんでているとされています。
確かに名古屋を中心に全国にも店が展開していったのは事実のようですが、発祥の地かと言われるとそうではないようです。
何をもって発祥と言うのか、その定義にもよりますので、その長い歴史の中で日本でどう誕生して広まったのか調べてみました。

 

パチンコが日本に登場するまで

パチンコの歴史
・元祖はヨーロッパ
パチンコは最初から現在あるような姿をしてはいません。
1750年、ヨーロッパで盤面に杭を刺して障害物を設定してそれに当たりながらボールを穴に入れるゲームが開発されたのが始まりです。
これにバネ仕掛けのキューが取り付けられスマートボールのような形態になりました。
このままでは場所を取るので1895年、イギリスでこれを垂直にしたタイプが登場しウォールマシンと呼ばれました。
このウォールマシンは改良され景品が当たるシステムも取り入れられると一気にヨーロッパに広まりました。
しかしそのギャンブル性からヨーロッパの各国で利用制限がかけられてしまいました。

・宝塚温泉に登場
日本にも輸出され1923年には兵庫県・宝塚新温泉パラダイスの遊戯場にウォールマシンが設置されています。
当時の宝塚は温泉と歌劇団だけでなく日本最大規模を誇る一大ワンダーランドだったのです。
このウォールマシンがパチンコになっていったのは確かなようですので、宝塚を日本におけるパチンコ発祥の地としておきます。

 

パチンコが日本で広まるまで

パチンコが日本で広まるまで
・大阪や神戸にも進出
数年後には大阪や神戸の露店商が祭りなどの際、リヤカーに遊戯機を積み込んで営業をするようになります。
デパートの屋上などにも進出しています。
徐々に一般庶民の目に留まるようになり、その名称も「ガチャガチャ」や「パチパチ」などばらばらでしたが、徐々にパチンコと呼ばれるようになったのです。
パチンコの名称の発祥地とすれば大阪や神戸なのかもしれません。
これを業者が試行錯誤していろいろな形態に変化していったのです。
当時は1銭銅貨をそのまま打って当たればまた1銭銅貨が出て来たり、あるいは1銭銅貨で玉を1発、弾き出して当たれば1銭から3銭の銅貨が出てくるものでした。
それでは賭博になるからと禁止されたのですが、その代わり景品が出るようになったのです。

・名古屋で認可された
名古屋が発祥とされるのは、昭和5年、名古屋に初の認可されたパチンコ店が誕生したからです。
一時は全国に広まりましたが、これもまた各地で禁止となっていき、それから戦争が始まり終わるまでは営業も出来ない状態が続いていました。
そして戦後またも営業許可を受けたパチンコ店が名古屋で開業したのです。
名古屋のパチンコ店数は、1947年には10件を超えると翌1948年には100軒を超える凄まじい勢いでした。
そして全国各地の駅前の一等地を中心にあっという間に広まったのです。

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