禅の教えを利用して楽に生きる

  • 2016/02/10
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禅の教え

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禅というと、何やら一休さんのとんち合戦の様なひねくれた禅問答を連想しがちですが、仏教や禅の教えは、実はとてもシンプルなものです。

禅の教えをうまく取り入れて心身ともに健康な生活を送りたいものです。

 

 

余計なことは考えない莫妄想(まくもうぞう)

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中国唐の時代に生きた禅僧の一人で、「無業和尚」という人がいました。彼は、誰に何を尋ねられても「莫妄想」としか答えなかったと言われていますが、この「莫妄想」は、「妄想する幕こと莫(なか)れ」という意味で、要するに「あれこれ考えても仕方ないので考えるな」という教えです。

シンプルかつ何にでも応用できる考え方です。

 

 

死ぬときは死ぬことだけ考える

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莫妄想は、江戸時代にも、現在の広島にある尾道の「済法寺」の住職で物外(もつがい)和尚という人が、臨終間近の藩主に呼ばれ、辞世の句を見せられた時、いきなり「この期に及んで何を妄想かいているのだ。歌など妄想に過ぎぬ。黙ってさっさと死んでいけ!」と叱咤し、「死ぬときは死ぬことに専念し、余計なことを考えるな」つまり「莫妄想」と教えた訳です。

この言葉を聞いた藩主は安らかな笑顔で息を引き取ったと言われています。現代人は、埋もれる程の情報囲まれているだけに「先の事」まで予想しようとします。

あれこれ考えても未来というのは不確定要素にしか過ぎない訳です。

こんな時代だからこそ「莫妄想」の考えが必要ではないでしょうか。

 

 

他人のことは気にしない自灯明(じとうみょう)

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「自灯明」は、「法灯明」と併せてよく用いられる、お釈迦様の遺言とも言える教えで、「般涅槃経」で待者アーナンダ(僧に仕える雑用係に残した)に、入滅の間際に、これからの生き方を教えたもので、仏教の真髄だとも言われています。

自灯明は、「自らを拠り所(灯り)とせよ」ということですが、他人のことは気にしないという事をも意味し、決して利己主義を肯定するものではありません。

他人のことは放って置くということは、自分の行動には他人への意識は介在しないということです。

例えば、電車で「体調の悪そうな人」や「立っているのが辛そうなお年寄りや妊婦」がいたとします。

いつまで経っても誰も席を譲ろうとはせず、その光景を見たま時間が過ぎたという経験はないでしょうか。

「誰かが譲るかもしれない」「注目を浴びたら偽善者だと思われるかも」という、他人を意識したことが原因で、席に座れない人がいる訳です。

「他人のことなど気にせずにさっさと席を譲る」という行動こそ「自灯明」ともいえます。

他人の評価を気にした生き方をして窮屈になっている人は、「自灯明」で精神的な自由を手に入れてほしいものです。

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