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芸術についての根源的な意味を問うアウトサイダーアート

  • 2017/07/29
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アウトサイダーアートとは何なのか?

アウトサイダーアートとは何なのか

芸術の伝統的な訓練を受けていない人が手がけた作品、これらをまとめてアウトサイダーアートと呼ぶのですが、もっぱら知的障害を持った人たちの作品だったりするのです。
例えば、ミスタードーナツの店舗に飾られていた「ねむの木学園」の生徒たちの絵とか、「裸の大将」こと山下清氏が手がけた作品とかを思い浮かべてもらうのが、アウトサイダーアートの例として適当でしょう。

一方で、正規の美術教育を受けていないような画家も数多く存在します。
キース・へリングやジャン=ミッシェル・バスキアが代表的存在となりますが、彼らはアウトサイダーアートではなく、ストリートアートに分類されるのです。

アウトサイダーアートとストリートアート、この両者の違いは何かというと、誰に向かって表現をおこなっているのかという点です。前者はただ自身の欲求のおもむくままに創作に取り組み、後者は街ゆく誰かに向けて創作に取り組む。
誰にも注目されることなく延々と創造され続けたアウトサイダーアートの作品は、突然、誰かによって発見されたりする。
そりゃそうですよね、誰かに向けて発信されているわけではないから、発見されるよりないのです。

 

デュビュッフェ氏が見出したアートの世界

デュビュッフェ氏が見出したアートの世界

アウトサイダーアート、これらの精神上に疾患を抱えたた人の絵に、際立った芸術性を最初に見出したのが、フランス人の前衛芸術家ジャン・デュビュッフェ氏、20世紀の初めの頃の話です。

彼が収集した絵画は、現在もスイスのローザンヌにある「アール・ブリュット・コレクション」にて目にすることができるとか。このアール・ブリュットとはフランス語で「生の芸術」という意味。ということは、彼が常に異を唱えていた、伝統的な西洋芸術はさしずめ死の芸術といったところでしょうか。

 

芸術の原点を、そこに見出すものの

なぜ、デュビュッフェ氏が伝統的な西洋芸術に異を唱えていたか? その理由は伝統的な西洋芸術が、パトロンとかクライアントといった人たちのために描かれていたからだといいます。誰かのために、誰かに向けて描くということは、誰かの評価を気にするということ。

その時点で、芸術の原点であるはずの、ただ表現したいから描くのだという純粋性からかけ離れてしまうという考え方です。

しかしながら、そんなやり方では当然食っていくことはできないわけです。
そして食うことなど考えずに、何らかの庇護のもとに延々と作品を本能のままに作り続けられる環境にある人にしか、芸術には携われないということになってくる。

 

社会性を欠如したものが、果たして芸術なのか?

社会性を欠如したものが、果たして芸術なのか

そんな「生の芸術」よりは、クライアントの無茶苦茶な要求と、無能な営業担当者の無能さに振り回されて睡眠時間を削りつつ、自分のやりたいことなど忘れてしまわざるを得ないような人たちが手掛けるプロダクトの方が、よほど価値があると思うのです。

なぜなら自分とそれ以外の間で折り合いを付けつつ、お金をもらうという行為自体が「生きる」という行為他ならないから。生きるために必死になった挙句、生まれてきた様々な表現の方が価値があると思うのです。

ピカソやダリ、ウォーホルといった諸先生方の作品にあって、アウトサイダーアートにはないのが社会性という一点。
そして我々オヤジ連中に最も求められているものが社会性だと思うのです。

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みんなに嫌われるジジイを目指して、日々精進中!!
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