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落語とは「業の肯定」であるという言葉

  • 2017/03/10
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人間は当然、ダメダメなのです

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NHKで放送されている「ダーウィンが来た」を観ていると、人間に通じる生物のサガを度々感じたりして、何だかいたたまれなくなったりするのです。
先日放送されていた、ツリスドリのエピソードで感じたのはオス、つまり男のダメさ加減。
でも、種の男全てががダメにもかかわらず、ツリスドリは厳しい生態系の中で滅びずに生き続けているのですから、凄いですね。

「いやいや、オスだけがダメじゃないよ、人間全部がダメなんだよ」。
こんなメッセージを発して、鎌倉時代に爆発的人気を得たのが浄土真宗を起こした親鸞聖人。
もうダメダメだから、自分で努力して救済されようと思っても無理、だけど阿弥陀如来にすがってしまえば救われるよ。
浄土真宗の教義とは非常に乱暴にいってしまうと、上記に集約されてしまいます。

 

業を断ち切るべく努力するのが超人の姿

そんな人間のダメな部分は「業」といったりしますね。
「あの人は業が深い」とか「業を背負って生きていく」とか。
ある辞典には「前世の罪深さにより、多くの報いを受けているさま」とありました。
自力はもちろん他力ですら救われなかったから今でも人間をやっている。
業が深いから、極楽往生できずに人間界をうろうろしているのです。
偉大な人たちは、その業を断ち切るべく努力をして、何らかの偉業を成し遂げるのでしょうが、まあ、そんなことは普通の人には出来ないのです。

 

談志さんが残した、非常に大きな言葉

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「落語とは業の肯定である」……立川談志

私は実際に談志さんの高座を体験したことがないので、彼の芸について語るべき知識も経験も乏しいのです。しかしこの一言を残しただけでも、談志さんの仕事は充分だったと思えるほど、素晴らしい言葉。
落語には業、それもことさらに深い業を背負った人たちがたくさん登場します。
例えば、飲酒癖を治すことができない魚屋、古道具で一山当てた経験が忘れられない男、死んでもなお自身の商売から離れられない芸者……。
それらを全てを笑いで肯定してやろう、しょうがねえなあと許してやろう、これが落語であるというのです。何とまあ、ウンチクに富んだ言葉であることか。
笑いは救済なのです、浄土真宗における阿弥陀如来なのです。

 

笑いこそ、救済なのである

例えば横山やすしさんに顕著なように……。
昔のお笑いの世界には業を背負ったという言葉にふさわしい人たちがたくさんいました。
その人たちは笑いでしか救済されない業を背負っていたからこそ芸人になった、芸人になるしか方法がなかったのです。
だからこそ面白かったのではないかという。
これは「クラスの人気者は芸人になっても面白くない、孤独ないじめられっ子こそ芸人になって面白いのだ」という松本人志さんの言葉にも現れています。
だって、いじめられっ子って笑いを取ることでしか、いじめから逃れる術はないわけです。
笑いを取っているのか、笑われているのかは微妙かつ難しい問題なのですが。

 

業をしょいすぎたオヤジはどうやって生きていくべきか?

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最近のテレビがつまらない理由の一つとして、業を背負っていない連中が出ているからというのは、あながち間違いではないでしょう。
お笑いをやっていなくても生きていけるような連中が、お笑いという道を選んで、なまじ成功なんかしちゃうからつまらない。
必死になって笑い、つまり救済を求めている様が本当に面白いのです。
適当な飯を食って、適当なコメントを垂れ流しているだけ、そんな業のかけらもないようなお笑い芸人なんてどうなんだ?

では、業を背負い込みすぎたオヤジはどうやって生きていくのがカッコいいんだ?

そんな風に今日も、テレビを眺めながら考えていたのです。

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