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正月から始まる大河ドラマっていつから始まったの?その理由

  • 2018/01/11
  • ライフスタイル・娯楽
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大河ドラマの現状

大河ドラマの現状
大河ドラマは、毎年、正月からスタートし12月の中頃に最終回を迎えるNHKが誇る超長編ドラマです。
毎週、日曜8時のゴールデンタイムに1回45分間で約50回にも渡ります。
1963年の第1回放送より、日本史上の有名人を主人公にしたパターンが定着しています。
ですので歴史ファンには毎年、誰が取り上げられるのか注目をされています。
またあまり関心は無くとも、シーズンになるとNHKが盛んに来年の大河ドラマの宣伝を始めますので、誰にでもその存在自体はかなり知られています。
視聴率が毎年、ニュースとして取り上げられても違和感を感じられないほどでもあります。
大河ドラマはすっかり国民に定着し、半世紀を越えても揺ぎない人気を維持し続けているのです。
その大河ドラマの歴史を語る上で、スタートに至った経緯はどのようなものだったかについて調べてみました。

 

大河ドラマのきっかけ

大河ドラマのきっかけ
1961年当時、庶民の娯楽はテレビよりも映画にありました。
テレビ自体がまだ高価で一般には普及しきれていなかったのです。
しかも映像的にも未熟な技術でしかなかったのですから当然ではあります。
そこでNHKは映画の人気スターを集めたテレビドラマを作成し、テレビに注目を集めようとしたのです。
この年、NHKの芸能局長に就任した長沢泰治がテレビでも映画並みの楽しみを提供しようと企画したのです。
具体的な企画は、NHKとイタリア放送協会が合作で制作した「二つの橋」で演出を担当した合川明と井上博、脚本を担当した北条誠らによって行われた。
北条誠が脚本をしていた「花の生涯」をテレビドラマ化することも決まったのです。

・五社協定の壁を打ち破る
当時、人気のあった映画界には、1953年に五社協定が定められていました。
これは俳優は専属の映画会社の作品にしか出演出来ないと言うものだったのです。
ですから別々の映画会社の俳優は、同じ作品には出られなかったのです。
それをテレビによって、映画では見られない贅沢な配役でドラマを制作し、テレビの威信をかけようとするチャレンジでもあったのです。
プロデューサーの合川明が先頭に立って、困難な交渉を乗り越え五社協定の壁を打ち破ることに成功して、大河ドラマは登場したのです。
そのポイントになった俳優が松竹の専属だった佐田啓二であり、佐田は難色を示していたのですが1962年の夏になってようやく出演を承諾してくれました。
佐田は始めてのテレビドラマの出演でもあり、他の人気映画俳優も続々と出演を承諾してくれたのです。
さらには尾上松緑などの歌舞伎役者まで集めた豪華なキャスティングは画期的なものでした。
放送回数も含めて、当時としては壮大なドラマの計画の元に1963年4月、「花の生涯」がスタートしたのです。

 

大河ドラマと言われるようになったのは

大河ドラマと言われるようになったのは
ただし、第1回放送当初から大河ドラマとは銘打ってはいませんでした。
シンプルに大型時代劇、大型歴史ドラマなどとされていたのですが、第2回から大河ドラマと言われるようになったようです。
それは読売新聞が、個人を捉えてその人生を時系列に書き落とす大河小説と言う名称を使って大河ドラマとネーミングしたことが由来とされているのです。
NHKもそのネーミングを使って、1977年に「大河ドラマの15年」と言う番組を制作し、それ以来、大河ドラマとして定着しています。

・経済効果
現在、大河ドラマで誰を取り上げるのかによって、その人物が関連した地方を中心とする経済効果が注目されています。
ゆかりの地を巡るツアーやお土産品などの売り上げ収入も莫大になっており、その影響もあって各地で誘致運動が行われるようにもなってきました。
経済を語る上でも、まさしく大河ドラマとなっているようです。

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