江戸で一番のグルメだったのは、あの黄門さまだそうな

  • 2016/09/28
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江戸の“超グルメ”と言われる水戸光圀公

日本人がものの味をうるさく言うようになったのは、江戸時代の元禄期からと言われます。徳川家康が徹底した美食嫌い、好んで麦飯を食べたことはよく知られていますが、その家康が江戸幕府を開いてから85年。時代は、家康の倹約趣味とは逆方向へ動いていったんですね。

そんな時代の動きを代表する、“超グルメ”と呼ぶのがぴったりの人物がいます。水戸光圀、そう、水戸のご老公、黄門さま。と言えば、びっくりする人が大半でしょう。

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若かった頃は江戸の町にもぐりこみ、酒食を楽しむ毎日

ドラマの上では全国津々浦々を訪ね、庶民の暮らしを知り、悪を成敗したことになっているこの人、実は相当な「不良」です。若くして水戸から江戸に出、江戸の町々を歩き廻っては町人がいりびたる酒場や料理屋通いの毎日。飲食に対する関心も旺盛で、「庶民の味」をせっせと楽しんだとか。それどころか、吉原の遊郭に行くこともしばしばで、朝帰りを繰り返したというから、相当なもんです。
黄門さまのイメージが狂いますね。

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隠居後は、酒と料理をひたすら堪能する日々

グルメぶりに拍車がかかったのは、64歳で隠居してから。何も仕事がないので、毎日の楽しみは酒と食。親しかった僧侶が、ご老公の日々の飲食をこんなふうに書きとめています。

「暮れて酒。将棋など楽しんだあと、夜に入って蕎麦。蕎麦のあと、また酒三斗」
「朝はお膳料理。昼はお餅。晩方にひやむぎ。暮れ方よりお吸い物を食され、夜は酒となって夜半まで」

若い頃から独り酒を嫌い、宴席を好んだそうで、その傾向は晩年も同じ。人を集めては、にぎやかに酒食を楽しんだようです。

 

若き水戸光圀が好んだのは、しっぽくうどんか?

そんな黄門さまですが、晩年の蕎麦好みとはうらはらに、在江戸の間はうどんが一番の好みだったと言われます。では、どんなうどんを召し上がったのか。

残念ながら具体的な資料は残っていませんが、まだ蕎麦屋よりうどん屋が多かった当時の江戸で一番の人気だったのは讃岐から伝わった「しっぽくうどん」で、黄門さまが食べたのもその可能性が大。

現代の東京では、中野駅近くの蕎麦屋「さらしな総本店」のしっぽくうどんが大評判ですが、ご老公以前の若き光圀が好んだのも、これと似たものだったかもしれません。

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