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過去に活躍した知られざる「日本陸軍の主要戦闘機」

  • 2017/10/20
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戦記に見る旧日本陸軍の戦闘機

戦記に見る旧日本陸軍の戦闘機
戦闘機と聞くと、爆撃や特攻など、あまり良いイメージを持たない人も多いかと思いますが、過去の戦争では、どの国も戦闘機の性能は戦況を大きく左右する重要なものでした。戦闘機の型式ひとつとっても、そこには大きなドラマがあります。ここでは、旧日本陸軍の主要な戦闘機の変遷を紹介します。

 

日中戦争のころの戦闘機「九七式戦闘機(キ27)」

日中戦争のころの戦闘機「九七式戦闘機(キ27)」
「中島飛行機」製の戦闘機で、主な活躍は「ノモンハン事件」です。日中戦争やノモンハン事件に実践投入され活躍しました。「九七式戦闘機(キ27)」は、運動性と旋回性能に優れ、中国空軍やソ連軍の戦闘機を圧倒しました。特に大東亜戦争末期には特攻機として利用され、終戦後にもこの戦闘機を用いた非公式の特攻が行われています。

 

大東亜戦争のころの戦闘機「一式戦闘機・隼(キ43)」

大東亜戦争のころの戦闘機「一式戦闘機・隼(キ43)」
こちらも中島飛行機製の戦闘機です。主な活躍は、「南方作戦、ビルマ航空戦、中国航空戦、本土防空戦」などで、97式戦闘機の後継として設計・開発され、陸軍の主力戦闘機として、大戦末期まで利用されました。生産数としては5700機を超え、旧日本軍の戦闘機の中では海軍の零式艦上戦闘機に次いで二番目に多い生産台数となっています。この戦闘機を操ったエースパイロットとその部隊を描いた映画なども放映され、大変な人気を博しました。

 

インドシナやマレーで活躍した「二式単座戦闘機・鍾馗(キ44)」

インドシナやマレーで活躍した「二式単座戦闘機・鍾馗(キ44)」
この「キ44」は、インドシナ、マレー、ビルマ方面での戦闘で活躍しました。旋回性能よりも速度、上昇力、加速力を重視して設計されており、運動性能や旋回性に優れた戦闘機に慣れていた前線のパイロットには不評で、戦後の知名度も低い機体となってしまいました。

 

フィリピン方面で活躍した川崎航空機製の「三式戦闘機・飛燕(キ61)」

フィリピン方面で活躍した川崎航空機製の「三式戦闘機・飛燕(キ61)」
「三式戦闘機 飛燕(キ61)」は、ラバウル、ニューギニア、フィリピン方面での戦闘や、本土防空戦で活躍しました。日本の戦闘機としては唯一の「液冷エンジン」を積んだ戦闘機であり、これはドイツのエンジンを参考にして開発されたものです。しかし、当時の日本の戦闘機は、その多くが空冷エンジンを搭載しており、現場の整備兵は慣れない整備を任されることになり、苦労を強いられました。その結果、エンジンに不具合が相次いだおかげで、機体の稼働率は非常に低いものとなりました。またエンジンの生産が追いつかず、工場にエンジンの無い機体だけが残ってしまい、「首なし飛燕」と揶揄されることもありました。

 

「四式戦闘機・疾風(キ84)」

「四式戦闘機・疾風(キ84)」
主に、ビルマ、フィリピン方面での戦闘や本土防空戦で活躍した、中島飛行機製の戦闘機です。別名「本土決戦機」とも呼ばれていました。高い速度性能、高い運動性能、強力な武装を備えた、総合的にみて非常にレベルの高い戦闘機でした。

機体性能にまとまりがあり、戦争末期、熾烈な戦闘の前線へと送られましたが、期待性能は高くても、当時の日本はかなり敗色が濃くなったため、深刻な物不足、燃料不足に悩まされており、品質の高い燃料を手に入れることができず、疾風の持つ高い性能を発揮することは残念ながらほとんどありませんでした。

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