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マスコミの政権批判機能というものをちょっと疑ってみる

  • 2017/10/30
  • ビジネス
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  • YAZIUP運営
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ちょっと違和感を感じる

安部首相を呼び捨てにして批判する選挙活動に違和感を感じるというかなり真っ当な意見

18歳以上から選挙権が与えられた初めての衆議院選挙が実施されました。結果は皆様がご存知のとおり自民・公明の大勝ともいえる結果だったわけですが、今回、いろいろと報じている新聞を読んでいて、少しはっとされられる記事が掲載されていました。

それは、若者への選挙の印象を問うた内容のものだったのですが、その回答者の中の一人が「安部首相を呼び捨てにして批判する選挙活動に違和感を感じる」とコメントをしていました。

筆者も今回の選挙に関しては様々に観察をしてきましたが、野党の直前のドタバタなど確かに違和感だらけの選挙ではありましたが、それだけが原因ではない何かもやもやした違和感のようなものが、すっと心の中にありました。それが、上記の若者の一文によって、ようやくすっきりしたような印象を持ちました。

 

マスコミ

昨今のテレビや新聞の報道の仕方を見ていると、権力を監視する、チェックするという機能から、ややもすると逸脱してしまっているような気がしてなりません

マスコミは基本的に権力側、いわゆる政権側を監視する社会的機能としての役割を担っている点は、よく理解できますし、筆者もその必要性には深く同意するところがあります。

しかしながら、昨今のテレビや新聞の報道の仕方を見ていると、権力を監視する、チェックするという機能から、ややもすると逸脱してしまっているような気がしてなりません。平たく言ってしまうとマスコミが支持する考え方や政党の考え方を、権力を監視するというお題目の上に立って、視聴者や読者に押し付けよう、印象操作をしようというふうに見えてしまうこともしばしばです。

そして、その考えが場合によっては時の首相を呼び捨てにするような乱暴な内容を平然と電波や記事に掲載する――こうなってしまうと、もはや権力監視というよりも好き嫌いという感情的なものが、報道のいちばん深いところにあって、それに基づいて、それらしい論拠を展開している、というようにしか見えなくなってしまいます。

 

お前が国難

マスコミの論調には根底に感情的なものが流れているのではないか

筆者が記憶している限りでは、かつて、どのマスコミ媒体も政権の長に対しては、一定の配慮があったように感じます。もちろん政策に対する批判は今と変わらす厳しいものがありましたが、どうにも現在のマスコミの論調には先述したように、根底に感情的なものが流れているような気がしてなりません。

「お前が国難」「安部辞めろ」コールなど、もちろんこれらは選挙民の活動から出たキャッチコピーではありますが、そういった行き過ぎた選挙民たちの活動を、政権批判の証であるかのように放映する、報道するマスコミ側のほうに、筆者などはより大きな違和感を感じてしまいます。

いかがでしたでしょうか。ひとつの参考意見として読んでいただけましたら幸いです。

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